環境基本法案に対するCASAの意見書

1992年12月
 

 「今回提出された政府提案の環境基本法案は、1992年6月に開催された国連環境開発会議(UNCED)の政府間会議で採択された「リオ宣言」と比しても、趣旨・目的が十分生かされていないのみならず、従来の我々の主張とも相当かけ離れているといわざるをえない。」

 第1に、リオ宣言10は、環境問題に関する意思決定に、市民が関連情報を適正に入手し、参加する機会を有しなくてはならないとされているのに、本法案の策定過程では殆どそのような手続きがとられなかったことはまことに遺憾である。

 第2に、リオ宣言4は、持続可能な発展を達成するため、環境保護は、開発過程の不可分の部分となるべきで、分離しては考えられないとして「環境と開発の統合」を必要としている。本法案では、環境保全の枠内でしかなく、環境と開発の統合の考え方にたっていない。それ故に、その実効性にあまり期待できないといえる。

 われわれは、同法案の国会審議にあたっては、上記の点を十分組み込んで十分な審議を得て、法制化をはかることを強く希望し、以下の点について意見を述べる。
 

 1.目的・理念について

 政府案は、「環境の保全」を目的とし(1条)、それに支障の原因となる人の活動を「環境への負荷」ととらえ(2条)、それをできる限り低減することにより、健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会を構築されることを旨とし、科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨とする(4条)としている。

 また、環境への負荷によって環境が損なわれるおそれがあるので、現在および将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤たる環境を将来にわたって継続するよう環境保全を適切に行わなければならないとする。(3条)

 しかし、「環境の保全」を、「環境への負荷をできる限り低減すること」ととらえることは、リオ宣言7の「地球生態系の健全性および完全性を、保全、保護、修復する地球的規模のパートナーシップの精神」の考え方からすると著しく不十分である。

 何故かというと、「環境の保護」の内容は、上記宣言の趣旨から考えると、地球上の大気や水等を含む環境資源と地球生態系の保護、保全、修復管理ととらえるべきだからである。

 政府案の「環境への負荷」とは、現在の典型7公害と自然環境法則で指定された区域での規制対象行為と、第2条2項にいう限定された地球環境保全への負荷に限られるのである。そうなると政府案全体の性格は、従前どおりの限定された範囲の環境規制法にとどまることとなる。国民に開かれた環境資源管理法としないと、上記のリオ宣言の精神と一致することにならない。

  また、第4条の「科学的知見の充実の下に」という点は、第1に「科学技術による問題解決」による環境負荷の低減に頼りすぎであり、第2に「科学的知見の欠如」を口実とした対策の先送りにつながりかねない。いずれにしても国民の環境保全の意欲をベースにした「下からの環境保全」という考え方の軽視につながりかねないといえよう。

 環境基本法の理念は、環境を現在及び将来の世代から信託された地球公共財としてとらえ、永続可能な地球環境を確保し、環境資源を、社会的正義・公平と生態学的諸原則の下に管理し、良好な環境を総合的に創造し、再生可能な資源の質を高めることを目的とすべきである。

 政府案4条に相当する環境政策の基本理念としては、次のような原則によるべきである。
 

(1) すべての政府の政策が、地球益に適合するよう、環境優先の原則のもとに、環境に開発を統合して、かつ体系的なものであること。

(2) 環境と開発の意思決定過程が合理的でかつ公正、透明で国民のアクセスが容易なものであること。

(3) 原因者負担主義の貫徹と被害者救済制度の強化を行うこと。

 

 2.環境権について

 リオ宣言1は、環境享受に関する権利を宣言している。環境基本法には次の2種の環境権について明確に規定すべきである。
 
(1) 各人が、自ら良好な環境を享有する権利を有すること。

(2) 各人が、現代及び将来の世代から信託された環境保全管理義務の行使としての環境管理権を有すること。

(3) ドイツ環境法典案総論編15〜17条のような規定をおくこと。

 

 3.環境基本計画について

 これは現在策定されている「環境保全長期構想」を法定計画にしようとするものと考えられる。ただ、現行の構想に政府案2条の2項にいう地球環境保全に関する長期的施策がプラスされるにすぎないと考えられる。

 このように、環境基本計画が単に従前からの環境庁権限事項に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るものであるならば、従前のシステムと大差なく、実効性は少ない。

 リオ宣言の「環境と開発に関する意思決定の統合」という理念のために、アジェンダ21第8章A行動でのべられているような規定が確保されるべきでる。
 

(a) 経済、社会、環境に関する配慮の統合を全てのレベル、全ての省庁における意思決定において確保すること。

(b) 政府の開発過程に含まれる種々の政策、計画および政策手段に環境配慮の仕組みを確保する手続きを設けること。

(c) (b)の環境配慮に関する長期的基本的事項は、環境基本計画に定め、具体的な事項は配慮規範は、「地域別生態環境管理計画」を自治体主導のもとに策定すること。以上の計画は国民の参加に基づく開かれた手続きによること。

(d) 開発過程を系統的に監視し、評価し、環境の状態を定期的にレビューすること。

(e) 経済及び各分野別の政策の環境面に透明性及び信頼性が確保されていること。

 これらの点について、ドイツ環境法典草案19条の環境管理計画の課題と概念、20条環境管理計画の諸原則、21条生態学的考慮の必要、他の諸計画への配慮、第22条策定手続き、第24条広域地方環境管理計画、第25条地域環境管理計画の規定が参照されるべきである。
 

 4.環境影響評価制度について

 政府案では、調査評価主体を事業者とし、評価対象と評価段階を「事業の実施」としている。しかし、このような「事業実施アセスメント」レベルでは事業内容が成熟し、代替案の考慮の余地も少ないので、アセスメントによるフィードバックが効果のないことは、現在まで行なわれてきた事業アセスメントの経過からみて周知の事実となっている。

 米国の国家環境政策法(NEPA)のように、環境に影響を与える国家の基本政策はもとより、その後の各段階の行政計画・行政過程においてアセスメントを義務づけなければ効果がない。さらに効果的な住民参加が不可欠である。

 環境アセスメントに関する法律は、先進国では多くの国で制定しており、発展途上国でもすでに幾つかの国が制定している。したがって環境先進国と自称する日本は、環境基本法に環境影響評価は法律で定めると明確に規定すべきである。
 

 5.環境基準について

 政府案では、大気・水質・土壌・騒音の4公害についてのみ基準を定めるとしているが基本法では、対象公害を限定するのでなくそれ以外の環境を汚染するような項目も付加すべきである。

 また、環境基準の策定手続きにおいては、米国の規則制定手続きのように、公聴会の開催など住民参加に関する手続きを規定すべきである。
 

 6.環境保全規制について

 政府案では、現行の公害対策基本法と同旨の規定となっているが、個々の事業者の行為規制の前に、環境管理計画に基づく地域環境容量を定め、それに基づいて新規事業場の設置や事業場の増設等についても規制すべきである。現行法のように特定施設の届出制度の段階では不十分で遅すぎるといえよう。

 自然環境の保全については「保護に支障を及ぼす」場合に規制の措置を講じることになっているが、地域生態環境管理計画に適合するよう開発計画の段階から規制の措置を講じるようにすること。
 

 7.経済的措置について

 政府案21条2項の賦課金等の経済的インセンティブの制度を第1項にし、助成を第2項にすべきである。前者については、一般消費者にとって逆進課税にならないよう配慮しつつ、もっと強力な規定にすべきである。
 

 8.製品アセスメント

 政府案では、事業者のアセスメントに対する技術的支援等の国の措置についての規定となっている。しかし、事業者にアセスメント義務を課する規定にすべきである。
 

 9.民間団体(NGO)支援について

 NGO支援の内容として、とくにNGOが政策提言をできるように、政府関係会議への参加権を認めること、およびNGOに対する税制上の配慮措置を図る等の制度条件を整備すべきである。また必要な措置をするにあたっては、NGOの自立性を尊重し、合理的基準に基づいて公正に行なわれるべきである。
 

 10.情報公開

 政府案26条の情報の提供の目的は限定しすぎる。ここでの情報公開の目的は、政府や企業が、公正で合理的な判断形成を確保し、民間団体等から意見徴収し、国民の環境権を保護する趣旨でなされなければならない。
 

 11.紛争処理と被害救済について

 紛争処理の対策は「公害に係る」ものに限定しているが、現在の典型7公害以外の自然環境破壊も含む環境破壊一般についても対象とすべきである。

 公害被害の救済についても上記と同様であるが、今なお深刻化している被害救済と今後発生する被害の救済を明記すべきである。
 

 12.地球環境保全等に関する国際協力について

 国際協力については、各国の住民の自主・自立性を尊重して、単に即物的開発の支援のみを目的とせず、発展途上国の人的発展に資するように、各国のNGOとの協力を通して必要な措置を講ずるようにすること。

 国は、国際協力を推進する上で、民間団体等が本邦以外の地域において地球環境保全等に関する国際協力のため、自発的に国際会議等の出席に要する費用を支弁するための基金制度を設けるようにすること。
 

 13.国際協力と配慮義務

 国際協力の実施によって、相手国の環境破壊や貧困を増大せしめた経験にかんがみ、当該政府の施策の協力の実施に関する地域環境保全及び自立性、貧困等に及ぼす影響評価を行うことを義務づける法律を定めること。

 また、事業者(多国籍企業も含む)の本邦以外の地域における事業活動についても、我が国における規制基準に適合することを義務づける措置を講ずること。
 

 14.地方公共団体の施策

 地方公共団体は、住民の意見を最も反映しやすい立場にあり、また、“Act Locally”の観点から環境保全の施策主体として重要な地位を占める。したがって、地方公共団体には「国の施策に準じた施策」でなく、その独自の施策を行えるよう地位と権限を強化すべきである。
 

 15.原因者負担金

 政府案では、原因者負担の範囲を限定して、その事業の必要を生じさせた者としているが、アメリカのスーパーファウンド法のように、その事業活動及び、事業地の継承者に対して負担させる措置を講ずるべきである。

 また、負担範囲についても、政府案では、支障の原因となると認められる程度を勘案するとなっているが、因果関係が明確でない場合が多いことも考えられるので、公害等に係る支障の現存をもって、因果関係の推定を認める規定を設けるべきである。
 

 16.環境省の設置など

 現在の環境庁を環境省として独立の省とすること。

 基本法第44条の公害対策会議の名称を改めるとともに、現在の典型7公害以外(例えば地球温暖化問題やフロンガスによるオゾン層の破壊など)の環境対策に関するものを含め、基本的かつ総合的な企画について審議できるようにすること。
 

 17.中央環境審議会の設置

 政府案(第40条)の中央環境審議会委員の中には全国的組織を持つ環境NGO推薦による少なくとも1割を超える委員を選任すること。

 都道府県環境審議会、市町村環境審議会も委員の選任について、当該地域の環境保護団体の推薦委員を加えること。
 

 18.企業の環境監査について

 企業において環境監査を義務づけるような法的措置を講じること。
 

  


地球環境と大気汚染を考える全国市民会議(CASA)